急ぐべきかなと思ったんで
眠さ押して作業しよう。
昨日言ったよね。
梅原猛さんの「神殺しの日本」から
二節晒したい章があるって。
でも昨日一つしか紹介していない。
もう一つ。
それは、靖国参拝問題への
重要なアンチテーゼ。
私が最初に
梅原さんの考えを目にしたとき
納得した考え方を再度目にすることになって
全部思い出した。
教育基本法の改悪がささやかれているけど
その中には、
靖国に対する敬意みたいなのも
盛り込むつもりらしいので
先に釘を刺しておこう
「理性の復讐招く靖国参拝」
行きますぜ。
「(前略)
そこで思い出すのは昭和59(1984)年、首相の靖国公式参拝の合憲性を審議するために設けられた藤波孝雄官房長官の私的諮問機関
「靖国懇」である。その委員の憲法学の権威、芦部信喜氏は首相の靖国参拝が憲法違反であることを敢然と主張し、
私もまた以下の二つの点で反対意見を述べた。1.記紀に示される伝統的神道は、味方よりむしろ味方に滅ぼされた敵を手厚く祀るが、
靖国神道は自国の犠牲者のみを祀り、敵を祀ろうとしない。これは靖国神道が欧米の国歌主義に影響された、
伝統を大きく逸脱する新しい神道であることによる。2.首相の靖国参拝は日本と中国や韓国などの東アジア諸国との親善関係を阻害し、
ひいては日本の国益に重大な損害を与える。
この私の見解に仏教学の大御所、中村元氏などの宗教界を代表する委員はほぼ賛成した。結局、少数意見も併記するという条件で、
多数意見に従って首相の公式参拝を是認する報告書がまとめられ、中曽根康弘首相は靖国参拝を行ったが、中国、韓国から講義を受け、
二度と靖国参拝を行わなかった。それは、中曽根首相がわれわれ識者の声に耳を傾けたからでもあろう。
それに対して小泉首相は識者の意見を読もうともせず、聞こうともせず、靖国に参拝して何が悪いといって靖国参拝を強行した。
そして中国や韓国から抗議を受けると日を変えてこそこそ参拝するという姑息な態度をとり、
二度と戦争を起こさないという誓いを立てるために靖国に参るのだと公言した。靖国には東条英機首相も祭られているので、
小泉首相がそういえば、東条首相の例は「この弱虫目、英米は敵じゃ。何度でも戦争をやれ」と怒鳴りつけるに違いない。
この第2の点は今、厳しい問題となっている。中国、韓国の怒りを買ったため、日中首脳の相互訪問は途絶え、
中国が強い影響力を持っている北朝鮮問題も解決できないばかりか、中国の高速鉄道計画への日本の参入にも大きなマイナスになろうとしている。
小泉首相の靖国参拝は日本の国益を大きく損なっているといわねばならない。
第1の点について、現在私は靖国神道と深く関係している廃仏毀釈を仏ばかりか神殺しでもあると考える(中略)
廃仏毀釈の後、明治政府の仏教を国家神道の統制の元におこうとする政策によって「大教院」なるものがつくられ、その本部が増上寺におかれ、
寺の本尊阿弥陀仏はアマテラスオオミカミなどに替えられた。イギリスに留学して西欧諸国の宗教の現状を見てきた島地黙雷は、
西欧では政教分離が実現されていると強く主張し、東西本願寺が大教院から離脱した。それでこの制度は崩壊したが、私は、
精神的には大教院は少なくとも戦時中まで続いていたと思う。
(中略)
私は、首相の靖国参拝はこの「大教院」の亡霊を復活せしめようとするものであると思う。一国の首相はせめて識者の意見に耳を傾け、
己の偏見を反省するくらいの理性を持たねばなるまい。権威ある憲法学者や宗教学者の意見を無視し、外交的配慮を持たず、今、
司法界の判断をも拒否して靖国参拝を続けるとすれば、いつか必ず理性に復讐される。小泉首相は、格好よくアノ無謀な戦争を元、
敗戦が確実になっても戦争をやめず、日本人に塗炭の苦しみを与えた、
かの理性なき東条首相の二の舞を演ずることになるのではないかと憂えるものである」
ほいきた。
昨日よりは略してるかな。
ちなみにこの文章の始まりは
福岡地裁が2004年7月に下した
靖国問題の判決文が書かれている。
首相の靖国参拝は憲法違反だが
信教の自由を阻害したとはいえないというアレね。
まずは前半部分にあった1項目を
ちょっと引っ張り出してみるね。
「1.記紀に示される伝統的神道は、味方よりむしろ味方に滅ぼされた敵を手厚く祀るが、 靖国神道は自国の犠牲者のみを祀り、敵を祀ろうとしない。これは靖国神道が欧米の国歌主義に影響された、 伝統を大きく逸脱する新しい神道であることによる。」
これね。
何のことかなと思ったヒト。
実例は身近なところにいくつもある。
有名どころじゃ
菅原道真公ね。
失脚して流罪になって死んだ。
死後藤原一族に祟り
カミナリを落としまくったという。
でも神様として手厚く祀り
今では天神様として有名だね。
学問の神様だよね。
征服する過程で
土着民族を滅ぼしても
その滅ぼされたほうを手厚く祀る習慣が
日本にも深く根付いていた、筈だったんだ。
古事記にもヒントはあるしね。
ところが廃仏毀釈のあと
その神道は様変わりした。
その結果生まれたのが
靖国神道ということで。
よく言えばまったく新しい神道。
悪く言うならば
伝統にまったく即していない、
本当ならば間違った神道と言うべきか。
後の章にも出てくるけど
小泉総理の考え方は
伝統においては間違っているのね。
抜粋するか。
「プラトンの憂慮」から1段落だけ。
「たとえば小泉首相が、戦争を二度と起こしていはいけないという気持ちで、 あの無謀な戦争を始めた東条英機首相が祭られている靖国神社を参拝するというのはまったくの論理矛盾である。 戦争を起こしてはいけないという気持ちで参拝すべきなのは広島・長崎の原爆で亡くなった霊などに対してであり、靖国を参拝するならば、 「もう一度英米と戦います」といって参拝するのが論理的一貫性を持つ行為であろう。また首相の「自衛隊が活動しているところは非戦闘地域だ」 という言葉は、イラク駐留の自衛隊の安全をいかに図るかというまじめな議論を抹殺する暴言といわねばならない。しかし私の見るところ、 このような非論理的な言論を公言するのは小泉首相のみではなく、現在日本で人気のある政治家の多くは小泉首相と五十歩百歩なのである。」
何かが間違っている気がしたのは
これと似た思いだったのかな(^^;)
以前九段の母を酷いと言った。
靖国に母がお参りしにいっても
もう戦争に行く前の状態の息子に
会うことはできないんだって。
靖国に祀られた息子は
軍服を着せられっぱなしの霊で
軍神として祀られてる
それなのに
国をのろうことすら許されなかったなんて・・・と
言ったような気がする^^;;
靖国に縛られた霊って
戦争から自由になることなど
もうないのかな。
自由になれるんだったら
神としての質が変わってから
お参りするのはありかもしれないけど。。
でも今のままじゃね・・・。
第1の点の中略部は
ここも主張繰り返しであるゆえに
省略しました。
くわしくはこちらをどぞ。
大教院については
ここをもって説明に替えれるかな〜。
結局信教の自由など
なかったのね。
今でこそ一見あるように見えるけど。
靖国参拝して
みんながそれをよしとするなら
信教の自由が
一見あるように見えてない
あの時代が
ちょっと戻ってきたりするかも。
それはコイズミがレールしいて
アベがその上を
なんとしても走ろうとする
危険な道かもしれない。
アカンボウは
中国や韓国と会談するときに
やっぱり靖国に関しては
何も言わなかったみたいだけどね。
歴史認識においては
やはり逃がしちゃあいけないかも。
*日付操作しときます。
実は真夜中完成させることなく寝ちゃって
昼に推敲しとります。
そこからさらに日付進めてアップしてます。10/10
教育基本法改悪反対 1万人Web署名
↑ぜひお願いします。











靖国神社については、以前美爾依さんの「カナダde日本語」で紹介されていた「靖国問題」がとても良い本で、靖国が「追悼施設」などではなく「顕彰施設」つまり戦争を煽る施設であることがはっきり指摘されています。だから、靖国に祀られている東条英機が「何度でも戦争をやれ」と小泉純一郎(や安倍晋三)を怒鳴りつけることになるわけですね。
私も慣れないもので
気づいたことは言っていただくと助かります。
そういえば
書いておられましたね。
読み返します。
「顕彰施設」
確かにそうですね。
真に追悼するなら
もっと違う形が存在したはず。
見事に噛み合ってる^^;;
戦争中に亡くなった方の慰霊は
本当に形ばかりで
こっちばかりクローズアップするようじゃ
日本の伝統に立ち返るのは
難しいですね。